こころも元気に。楽しくいきましょう!

認知症の母(要介護2)と暮らす日々。家族として何ができることがあるか、探っています。

【認知症】やるせない、お彼岸。<季節の話題><認知症>

昼に出て、最寄りの駅に着いたのは…

ちょうど、お彼岸の時期なので、いつも味わうやるせない気持ちを書きます。

お墓参りは、時間を使って、それ以上に疲れました。

いくら、途中でお昼ご飯とアイスを食べた時間とは言え、駅まで歩いた時間、JRの駅から歩いた時間、4時間はかかっています。

 

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お盆の時に、これをお供えしています。

広島では、お盆には、画像にある木札(塔婆というそうです)とか紙灯籠をお墓に立てています。誰が来てくれるか、わかります。ただ、お彼岸では、そういうものがないため、わかりません。

 

母はお盆やお彼岸になると、「お墓参りしても、お墓を守っているはずの〇〇(母の妹の息子、つまりいとこ)からなんの挨拶もないの。一言ぐらいあってもいいのに」と言います。仕事をしていないのに。どうせ暇なのに。なのに、なんの一言もない。母の頭に、少しあるように感じます。認知症でも、そういうことは理解できるようです。私は、お彼岸では、お盆と違って、誰が来てくれたかわからない、しょうがない、と母を慰めます。

 

いつもだったら、「あの人(お墓を守っているはずのいとこ)はいわんじゃろ、仕方ない。でも、仏様が見ているよ」でなんとか穏便に済ます私ですが、

つい、「なんで、わしが墓へ来てくれただけで、礼なぞ言わんといけんのんじゃ!、とでも思っているのかも」と言ってしまいました。その一言で、母は黙り込んでしまいました。よりによって、娘から恐ろしい言葉を聞いてしまった気になったのでしょうか。あまりに恐ろしい言葉は、ほどほどにしようと普段反省しない私ですが、そう思いました。

 

世の皆さん、お墓を守っているはずの人から、お墓参り後になんの連絡もなかったら、やはりもやっとするものでしょうか。

 

母と違って、私はお墓へ行ったことへのお礼はいりません。正直、それで電話やメールなぞ受けたくありません。

 

ただ、このしんどさ、時間をかけていること、お墓を守っている(はずの)いとこにはわかるかな、伝わるかな…老親を連れて、歩いて(僻地に近いので、バスはあまりない)、JRに乗って、また歩いて…結構しんどいんです。クルマの免許をとればいいだけではないかと言われれば、その通りなのですが。

 

お彼岸の時期だけは、クルマの免許をとろうと思うと同時に、こんなに疲れている姿を見て、仏様や亡くなった身内はなんて思うだろう、私よりやるせないのではないかと思いました。

 

しかし、あれだけ歩いて疲れない母、すごい。これも認知症の影響でしょうね。

帰りに病院へ行って、家でおやつを食べる頃(夜7時前)には、疲れもお墓参りをした記憶もなくなっていました。本来だったら、愕然とするのでしょうが、疲れてへばっている母をみるのは、あまりに辛いでしょうから、忘れてくれて良かったのだと思うようにしました。